ころへ、満鉄総裁中村是公、同理事田中清次郎、同社員庄司鐘五郎を伴い、濃灰色《オックスフォード・グレイ》のモウニングに、金の飾りのついた握り太のステッキをついた伊藤公がドアに現れる。人々は静かに低頭する。伊藤公は庄司に扶けられて車室の中央に進む。その時葉巻用のパイプを取り落す。庄司が急いで拾って恭しく手に持っている。伊藤は葉巻を手に、にこやかに人々を見廻す。
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アファナアシェフ少将 (きらびやかな軍服。伊藤の前に進んで)公爵閣下には御疲労であらせられましょうが、到着前に一場のお慰みにもなりましょうし、またお見識りの栄を得たく、御出席を願いましたるところ、幸いに御快諾下さいまして、光栄に存じます。東清鉄道民政部のアファナアシェフと申します。(握手する)
伊藤 自分がこのたびハルビンを訪問致すのは、なんら政治外交上の意味があるのではなく、ただ新しい土地を観、天下の名士ココフツォフ氏その他に偶然会見するのを楽しみにして行くに過ぎませぬ。
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庄司が背後から椅子を奨めるが伊藤は掛けない。
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