李剛 (苦笑して)そうしてくれたまえ。朴君は喧嘩っ早いから、ひとりじゃあ心配だよ。
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朴鳳錫と鄭吉炳は、ドアを出て階段を駈け降りて行く。一同じっと聞耳を立てている。「何だ、何だ。」「何の用だ。ここは貴様の来るところじゃない!」などと二人の大声や跫音に混って、張首明の低い声が聞えて来る。
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大東共報社の階下。民家の物置きにて、古家具、新聞雑誌、穀物の袋等積み重なり、手車なども引き込んである。そこここの床に食客たちが寝泊りするマトレスが敷いてある。下手寄りに、出入口のドアが開け放されて、街路の灯りがかすかに流れ込んでいる。正面中央に、階上の大東共報社へ昇る階段が、下から三分の二ほど見える。舞台はほとんど闇黒。
前の場の続き。前場の人々全部と、理髪師張首明、白基竜、安重根。白基竜は朴鳳錫と同じ若い独立党員で、大東共報記者。
正面の階段を、理髪師の白衣を着た張首明が、突き落されるように降りて来る。朴鳳錫と鄭吉炳は、階段の中途に立ち停まって足だけ見えている。
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張首明 (階段の根に身を支えて)何をするんです。乱暴な! 李先生に用があるんですよ。
朴鳳錫の声 何だ。だから、何の用だと訊いてるじゃないか。
鄭吉炳の声 張さん、ここは君の来るところじゃないぜ。用があるなら、僕らに言いたまえ。先生に取り次ぐから――。
張首明 私も来たかありませんがね、伝言《ことづけ》を頼まれたから、仕方なしに来たんです。
朴鳳錫 (駈け降りて来る)こいつ! 貴様が先生に用のあるはずはない。おい、鄭君、こんなやつと真向《まとも》に口利くことないんだ。抛り出しちまおう。
鄭吉炳 (続いて駈け降りて朴鳳錫を制する)待てよ。いいから待てよ。(張首明へ)君も強情だな。僕らが取り次ぐと言ったら、ともかくその用というのを話したらいいじゃないか。
張首明 (朴鳳錫へせせら笑って)おれの身体にさわると、大変なことになるのを知らねえか。おれは、ただの床屋の張さんじゃあねえぞ。
朴鳳錫 (鄭吉炳を押し退《の》けようとしながら)なにを! 貴様、日本のスパイだと言いたいんだろう。同じ朝鮮人のくせに、日本人から女房と金を貰って、金斗星先生や安――。
鄭吉炳 朴君!
朴鳳錫 金斗星先生の独立運動をスパイしてやがる。こっちだって、そんなことはちゃんと知ってるんだ。てめえのような裏切者は――(鄭吉炳へ)放せ。放せよ。畜生! 張の野郎を殴り殺してやるんだ。
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と鄭吉炳を振り払って掴みかかろうとする時、階段の上に薄い灯りがさして李剛の声がする。
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李剛の声 (静かに)張さんですか。
張首明 (階段の上を覗いて)おや、先生。李先生ですね。へへへ、どうも、真っ暗で――。
李剛の声 張さんですね。
張首明 ちょっとお話ししたいことがあるんですが――。
李剛の声 何です。
朴鳳錫 (開け放しのドアを指して、張首明へ)二階へ上るなら、戸を閉めて来い。
張首明 いえ、こちらで結構ですよ。なにも、あなた方のように、年中秘密の相談があるというわけではなし――。
朴鳳錫 (再び掴みかかろうしして鄭吉炳に停められる)嫌なやつだなあ、こいつ。
鄭吉炳 まあ朴君、そう君のように――とにかく、先生に話しがあるといって来ているんだから、言うことだけ言わして、早く帰そうじゃないか。
張首明 安重根という人に頼まれて来たんです。
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裸か蝋燭を持って、李剛が跛足《びっこ》を引きながら降りて来ている。
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李剛 (呆けて)安重根?――さあ、聞いたような名だが、よく知りません。どういう話です。
鄭吉炳 (急き込む)張さん、君はその安という人と以前から識り合いなのか。
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李春華と柳麗玉が降りて来る。柳麗玉は蝋燭を持っていて、李剛のと二本で舞台すこしく明るくなる。
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張首明 以前から識りあいというわけでもありませんが、まあ、そうです。安重根さんは私たちの仲間です。
鄭吉炳 君たちの仲間――と言うと、その人も床屋なんだね?
張首明 いえ。安さんは床屋じゃあありません。
鄭吉炳 同業ではないけれど、仲間だと言うのかい。すると――。
朴鳳錫 (激昂して)解ってるじゃあないか。やっぱり安のやつ、張の一味なんだ。あいつも密偵《いぬ》だったんのだ。道理で、何だか変だと思っていたよ。第一、今日なんか、ウラジオへ着いたらすぐ、先生のところへ顔出しすべ
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