《くに》を出たきり補助するどころではないから、さぞ困っているだろうと思うよ。
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叩戸《ノック》といっしょにドアを蹴り開けて、蔡家溝駅駐在セミン軍曹と部下四五人が、支那人ボウイを案内に荒々しく踏み込んで来る。
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軍曹 (大喝)起きろ! 検査だ!
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安重根と禹徳淳は起き上る。劉東夏は椅子を離れて直立する。兵卒たちは早くも室内を歩き廻って、衣類や手廻品に触れてみている。
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安重根 何だ。夜中に他人《ひと》の部屋へどなり込んで来るやつがあるか。何の検査だ。
軍曹 (大声に)何だと? 生意気言うな。何の検査でもよいっ! 日本の高官が当駅《ここ》を御通過になるので失礼のないように固めているんだ。(安重根へ進んで)貴様は何者か。
禹徳淳 (急いで寝台を下りて)済みません。わたくしどもは飴屋でございます。こいつは宵の口に一杯|呑《や》って酔っておりますんで、とんだ失礼を申し上げました。(懸命に安重根へ眼配せする)
軍曹 飴屋か。道具はどこにある、道具は。
禹徳淳 はい。道具は、預けてございます。
軍曹 どこに預けてあるのか。
禹徳淳 この町の親方のところに預けてございます。
軍曹 たしかにそうだな。嘘をつくと承知せんぞ。儲かるか。
禹徳淳 へ?
軍曹 飴屋は儲かるかと訊いているんだ。
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軍曹は安重根を白眼みつけて、部下を纏めてさっさと出て行く。支那人のボウイが、その背ろ姿に顔をしかめながら扉《ドア》を閉めて続く。
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禹徳淳 笑わせやがらあ。あんでえ! 威張りくさりやがって。まるで日本人みてえな野郎だ。(劉東夏へ)驚いたろう。
安重根 (寝台に腰掛けて)僕は徳淳が羨しいよ。明日にも、世界中がびっくりするようなことをやろうというのに、とっさに上手に飴屋に成り済ましたりなんか――神経が太いぞ。
禹徳淳 (勢いよく寝台に滑り込んで、大声に)そうだ! いよいよおれたちがやっつけたとなると、騒ぎになるぜ。××戦争の戦端を切るんだ。愉快だなあ!
安重根 ××戦争? 不思議なことを言うねえ。誰が戦争をするんだ。
禹徳淳 何を言ってるんだ。おれたちが敢
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