ごしよ》の裏手の御溝端《みかはばた》を辿り行く骨格|逞《たくま》しき一個の武士あり。月を負ひて其の顏は定かならねども、立烏帽子に綾長《そばたか》の布衣《ほい》を着け、蛭卷《ひるまき》の太刀の柄太《つかふと》きを横《よこた》へたる夜目《よめ》にも爽《さはや》かなる出立《いでたち》は、何れ六波羅わたりの内人《うちびと》と知られたり。御溝を挾《はさ》んで今を盛りたる櫻の色の見て欲《ほ》しげなるに目もかけず、物思はしげに小手叉《こまぬ》きて、少しくうなだれたる頭の重げに見ゆるは、太息《といき》吐く爲にやあらん。扨ても春の夜の月花《つきはな》に換へて何の哀れぞ。西八條の御宴より歸り途《みち》なる侍《さむらひ》の一群二群《ひとむれふたむれ》、舞の評など樂げに誰憚《たれはゞか》らず罵り合ひて、果は高笑ひして打ち興ずるを、件の侍は折々耳|側《そばだ》て、時に冷《ひや》やかに打笑《うちゑ》む樣《さま》、仔細ありげなり。中宮の御所をはや過ぎて、垣越《かきごし》の松影《まつかげ》月を漏らさで墨の如く暗き邊《ほとり》に至りて、不圖《ふと》首を擧げて暫し四邊《あたり》を眺めしが、俄に心付きし如く早足に元來《もと
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