《よ》しや其人なりとても、此世の中に心は死して、殘る體は空蝉《うつせみ》の我れ、我れに恨みあればとて、そを言ふの要もなく、よし又人に誠あらばとて、そを聞かん願ひもなし。一切諸縁に離れたる身、今更ら返らぬ世の浮事《うきこと》を語り出でて何かせん。聞き給へや女性《によしやう》、何事も過ぎにし事は夢なれば、我れに恨みありとな思ひ給ひそ。己れに情《つれ》なきものの善知識となれる例《ためし》、世に少からず、誠に道に入りし身の、そを恨みん謂れやある。されば遇うて益なき今宵の我れ、唯々何事も言はず、此儘歸り給へ。二言とは申すまじきぞ、聞き分け給ひしか、横笛殿』。
第二十
因果の中に哀れを含みし言葉のふし/″\、横笛が悲しさは百千《もゝち》の恨みを聞くよりもまさり、『其の御語《おんことば》、いかで仇《あだ》に聞侍《きゝはべ》るべき、只々親にも許さぬ胸の中《うち》、女子の恥をも顧みず、聞え參らせんずるをば、聞かん願ひなしと仰せらるゝこそ恨みなれ。情《つれ》なかりし昔の報いとならば、此身を千千《ちゞ》に刻《きざ》まるゝとも露壓《つゆいと》はぬに、憖《なまじ》ひ仇《あだ》を情《なさけ》の御言葉は
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