しき住居も、大梵高臺の樂みに換ヘらるゝものよと思へば、主《あるじ》の貴さも彌増《いやま》して、今宵《こよひ》の我身やゝ愧《はづ》かしく覺ゆ。庭の松が枝《え》に釣《つる》したる、仄《ほの》暗き鐵燈籠《かなどうろう》の光に檐前《のきさき》を照らさせて、障子一重の内には振鈴の聲、急がず緩まず、四曼不離の夜毎の行業《かうごふ》に慣れそめてか、籬《まがき》の蟲の駭《おどろ》かん樣も見えず。横笛今は心を定め、ほとほとと門《かど》を音づるれども答なし。玉を延《の》べたらん如き纖腕|痲《しび》るゝばかりに打敲《うちたゝ》けども應ぜん氣《け》はひも見えず。實《げ》に佛者は行《おこなひ》の半《なかば》には、王侯の召《めし》にも應ぜずとかや、我ながら心なかりしと、暫《しば》し門下に彳みて、鈴の音の絶えしを待ちて復《ふたゝ》び門《かど》を敲けば、内には主《あるじ》の聲として、『世を隔てたる此庵《このいほ》は、夜陰《やいん》に訪はるゝ覺《おぼえ》なし、恐らく門違《かどちがひ》にても候はんか』。横笛|潛《ひそ》めし聲に力を入れて、『大方《おほかた》ならぬ由あればこそ、夜陰に御業《おんげふ》を驚かし參らせしなれ。庵
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