、世は塞翁《さいをう》が馬、平家の武士も數多きに、時頼こそは中々に嫉《ねたま》しき程の仕合者《しあはせもの》ぞ』。
第十五
更闌《かうた》けて、天地の間にそよとも音せぬ後夜《ごや》の靜けさ、やゝ傾きし下弦《かげん》の月を追うて、冴え澄める大空を渡る雁の影|遙《はる》かなり。ふけ行く夜に奧も表も人定まりて、築山《つきやま》の木影《こかげ》に鐵燈《かねとう》の光のみ侘《わび》しげなる御所《ごしよ》の裏局《うらつぼね》、女房曹司の室々も、今を盛りの寢入花《ねいりばな》、對屋《たいや》を照せる燈の火影《ほかげ》に迷うて、妻戸を打つ蟲の音のみ高し。※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、47−5]廊のあなたに、蘭燈《らんとう》尚ほ微《かすか》なるは誰《た》が部屋《へや》ならん、主は此《こ》の夜深《よふか》きにまだ寢もやらで、獨り黒塗の小机に打ちもたれ、首《かうべ》を俯して物思はしげなり。側《かたは》らにある衣桁《いかう》には、紅梅萌黄《こうばいもえぎ》の三衣《さんえ》を打懸けて、薫《た》き籠《こ》めし移り香《が》に時ならぬ花を匂はせ、机の傍に据ゑ付けたる蒔繪の架《た
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