く御前に遠《とほざか》りたれば、餘りの御懷《おんなつかし》しさに病餘の身をも顧みず、先刻|遠侍《とほざむらひ》に伺候致せしが、幸にして御拜顏の折を得て、時頼身にとりて恐悦の至りに候』。言ふと其儘御前に打ち伏し、濡羽《ぬれは》の鬢に小波を打たせて悲愁の樣子、徒《たゞ》ならず見えけり。
哀れや瀧口、世を捨てん身にも今を限りの名殘には一切の諸縁何れか煩惱ならぬはなし。比世の思ひ出に、夫《それ》とはなしに餘所ながらの告別《いとまごひ》とは神ならぬ身の知り給はぬ小松殿、瀧口が平生の快濶なるに似もやらで、打ち萎れたる容姿を、訝《いぶか》しげに見やり給ふぞ理《ことわり》なる。
四方山《よもやま》の物語に時移り、入日《いりひ》の影も何時《いつ》しか消えて、冴え渡る空に星影寒く、階下の叢《くさむら》に蟲の鳴く聲露ほしげなり。燭を運び來りし水干に緋の袴着けたる童《わらべ》の後影《うしろかげ》見送りて、小松殿は聲を忍ばせ、『時頼、近う寄れ、得難き折なれば、予が改めて其方《そち》に頼み置く事あり』。
第十二
一|穗《すゐ》の燈《ともしび》を狹みて相對《あひたい》せる小松殿と時頼、物語の樣、最《
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