は見給ひけん、入りにし跡を何處とも知らせぬ濱千鳥、潮干《しほひ》の磯に何を尋ねよとや。――扨はとばかり瀧口は、折紙の面《おもて》を凝視《みつ》めつゝ暫時《しばし》茫然として居たりしが、何思ひけん、豫《あらか》じめ祕藏せし昔の名殘《なごり》の小鍛冶《こかぢ》の鞘卷、狼狽《あわたゞ》しく取出して衣《ころも》の袖に隱し持ち、麓の方に急ぎける。
 路傍の家に維盛卿が事それとなしに尋ぬれば、狩衣《かりぎぬ》着《き》し侍《さむらひ》二人《ふたり》、麓《ふもと》の方に下りしは早や程過ぎし前の事なりと答ふるに、愈々足を早め、走るが如く山を下りて、路すがら人に問へば、尋ぬる人は和歌の浦さして急ぎ行きしと言ふ。瀧口胸愈々轟き、氣も半《なかば》亂れて飛ぶが如く濱邊《はまべ》をさして走り行く。雲に聳ゆる高野の山よりは、眼下に瞰下《みおろ》す和歌の浦も、歩めば遠き十里の郷路、元より一|刻半※[#「※」は「ひへん+向」、読みは「とき」、第3水準1−85−25、105−8]《こくはんとき》の途ならず。日は既に暮れ果てて、朧げながら照り渡る彌生半《やよひなかば》の春の夜の月、天地を鎖す青紗の幕は、雲か烟か、將《は》た
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