《もと》の主人に弓引くものさへある中に、世を捨ててさへ昔を忘れぬ爾が殊勝さよ。其れには反して、世に落人の見る影もなき今の我身、草葉の蔭より先君の嘸かし腑甲斐なき者と思ひ給はん。世に望みなき維盛が心にかゝるは此事一つ』。言ひつゝ涙を拭ひ給ふ。
瀧口は默然として居たりしが、暫くありて屹《きつ》と面《おもて》を擧げ、襟を正して維盛が前に恭しく兩手を突き、『然《さ》ほど先君の事|御心《おんこゝろ》に懸けさせ給ふ程ならば、何とて斯かる落人にはならせ給ひしぞ』。意外の一言に維盛卿は膝押進めて、『ナ何と言ふ』。『御驚きは然《さ》ることながら、御身の爲め、又御一門の爲め、御恨みの程を身一つに忍びて瀧口が申上ぐる事、一通り御聞きあれ。そも君は正しく平家の嫡流にてお在《は》さずや。今や御一門の方々《かた/″\》屋島の浦に在りて、生死を一にし、存亡を共にして、囘復の事叶はぬまでも、押寄する源氏に最後の一矢を酬いんと日夜肝膽を碎かるゝ事申すも中々の事に候へ。そも壽永の初め、指《さ》す敵の旗影《はたかげ》も見で都を落ちさせ給ひしさへ平家末代の恥辱なるに、せめて此上は、一門の將士、御座船《ござぶね》枕にして屍を
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