子を探れば、御身も疾ぐより心を寄する由。扨は横笛、我に難面《つれな》きも御邊に義理を立つる爲と、心に嫉《ねた》ましく思ひ、彼の老女を傳手《つて》に御邊が事、色々惡樣に言ひなせし事、いかに戀路に迷ひし人の常とは言へ、今更我れながら心の程の怪しまるゝばかり。又夫れのみならず、御邊《ごへん》に横笛が事を思ひ切らせん爲め、潛かに御邊が父左衞門殿に、親實《しんじつ》を上《うは》べに言ひ入れしこともあり、皆之れ重景ならぬ女色に心を奪はれし戀の奴《やつこ》の爲せし業《わざ》、云ふも中々慚愧の至りノこそ。御邊が世を捨てしと聞きて、あゝ許し給へ、六波羅の人々知るも知らぬも哀れと思はざるはなかりしに、同じ小松殿の御内《みうち》に朝夕顏を見合せし朋輩の我、却て心の底に喜びしも戀てふ惡魔のなせる業《わざ》。あはれ時こそ來りたれ、外に戀を爭ふ人なければ、横笛こそは我れに靡かめと、夜となく晝とも言はず掻口説《かきくど》きしに、思ひ懸けなや、横笛も亦程なく行衞しれずなりぬ。跡にて人の噂に聞けば、世を捨つるまで己れを慕ひし御邊の誠に感じ、其身も深草の邊に庵を結びて御邊が爲に節を守りしが、乙女心の憂《うき》に耐へ得で、
前へ 次へ
全135ページ中124ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング