の院に立寄りて何事か物問ふ樣子なりしが、やがて元の所に立歸り、何やら主人に耳語《さゝや》けば、點頭《うなづ》きて尚も山深く上り行きぬ。
 飛鈷《ひこ》地に落ちて嶮に生《お》ひし古松の蔭、半《なかば》立木を其儘に結びたる一個の庵室、夜|毎《ごと》の嵐に破れ寂びたる板間《いたま》より、漏る燈の影暗く、香烟窓を迷ひ出で、心細き鈴の音、春ながら物さびたり。二人は此の庵室の前に立ち止まりしが、從者《ずさ》はやがて門に立ちよりて、『瀧口入道殿の庵室は茲に非ずや。遙々《はる/″\》訪《たづ》ね來りし主從二人、こゝ開け給へ』と呼ばはれば、内より燈《ともしび》提《さ》げて出來《いできた》りたる一個の僧、『瀧口が庵は此處ながら、浮世の人にはる/″\訪はるゝ覺えはなきに』と言ひつゝ訝しげなる顏色して門を開けば、編笠《あみがさ》脱《ぬ》ぎつゝ、ツと通る件の旅人、僧は一目見るより打驚き、砌《しきいし》にひたと頭を附けて、『これは/\』。

   第二十九

 世移り人失《ひとう》せぬれば、都は今は故郷《ふるさと》ならず、滿目奮山川、眺《なが》むる我も元の身なれども、變り果てし盛衰に、憂き事のみぞ多かる世は、嵯峨
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