》、契丹《きつたん》の雲の端《はて》までもとは思へども、流石《さすが》忍ばれず。今は屋島《やしま》の浦に錨《いかり》を留めて、只《ひた》すら最後の日を待てるぞ哀れなる。

            *        *
       *        *

 壽永三年三月の末、夕暮近《ゆふぐれちか》き頃、紀州《きしゆう》高野山を上《のぼ》り行く二人の旅人《たびびと》ありけり。浮世を忍ぶ旅路《たびぢ》なればにや、一人は深編笠《ふかあみがさ》に面《おもて》を隱して、顏容《かほかたち》知《し》るに由なけれども、其の裝束は世の常ならず、古錦襴《こきんらん》の下衣《したぎ》に、紅梅萌黄《こうばいもえぎ》の浮文《うきあや》に張裏《はりうら》したる狩衣《かりぎぬ》を着け、紫裾濃《むらさきすそご》の袴腰、横幅廣く結ひ下げて、平塵《ひらぢり》の細鞘、優《しとやか》に下げ、摺皮《すりかは》の踏皮《たび》に同じ色の行纏《むかばき》穿ちしは、何れ由緒《ゆゐしよ》ある人の公達《きんだち》と思はれたり。他の一人は年の頃廿六七、前なる人の從者《ずさ》と覺しく、日に燒け色黒みたれども、眉秀いで眼涼しき優男《やさをとこ》
前へ 次へ
全135ページ中112ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング