こそ肝要なるに、天に背《そむ》き人に離れ、いづれ遁《のが》れぬ終《をはり》をば、何處《いづこ》まで惜《を》しまるゝ一門の人々ぞ。彼を思ひ是を思ひ、瀧口は燒跡にたゝずみて、暫時《しばし》感慨の涙に暮れ居たり。
稍々《やゝ》ありて太息《といき》と共に立上《たちあが》り、昔ありし我が屋數《やしき》を打見やれば、其邊は一面の灰燼となりて、何處をそれとも見別《みわ》け難し。さても我父は如何にしませしか、一門の人々と共に落人《おちうど》にならせ給ひしか。御老年の此期《このご》に及びて、斯かる大變を見せ參らするこそうたてき限りなれ。瀧口|今《いま》は、誰れ知れる人もなき跡ながら、昔の盛り忍ばれて、盡きぬ名殘《なごり》に幾度《いくたび》か振※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、84−3]《ふりかへ》りつ、持ちし錫杖《しやくぢやう》重《おも》げに打ち鳴らして、何思ひけん、小松殿の墓所《ぼしよ》指《さ》して立去りし頃は、夜明《よあ》け、日も少しく上《のぼ》りて、燒野に引ける垣越《かきごし》の松影長し。
第二十七
世の果《はて》は何處《いづこ》とも知らざれば、亡《な》き人の
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