聞きも了らで、老女はホヽと意味ありげなる笑《ゑみ》を殘して門内に走り入りぬ。
『横笛、横笛』、件の武士は幾度か獨語《ひとりご》ちながら、徐《おもむろ》に元來し方に歸り行きぬ。霞の底に響く法性寺《ほふしやうじ》の鐘の聲、初更《しやかう》を告ぐる頃にやあらん。御溝の那方《あなた》に長く曳ける我影に駭《おどろ》きて、傾く月を見返る男、眉太《まゆふと》く鼻隆《はなたか》く、一見|凜々《りゝ》しき勇士の相貌、月に笑めるか、花に咲《わら》ふか、あはれ瞼《まぶた》の邊《あたり》に一掬の微笑を帶びぬ。
第三
當時小松殿の侍に齋藤瀧口《さいとうのたきぐち》時頼と云ふ武士ありけり。父は左衞門|茂頼《もちより》とて、齡古稀《よはひこき》に餘れる老武者《おいむしや》にて、壯年の頃より數ケ所の戰場にて類稀《たぐひまれ》なる手柄《てがら》を顯はししが、今は年老たれば其子の行末を頼りに殘年を樂みける。小松殿は其功を賞《め》で給ひ、時頼を瀧口の侍に取立て、數多《あまた》の侍の中に殊に恩顧を給はりける。
時頼|是《こ》の時年二十三、性《せい》濶達にして身の丈《たけ》六尺に近く、筋骨飽くまで逞《たくま》しく
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