迄とこそ思はれ候へ。只々是れまで思ひ決めしまで重ね/″\し幾重の思案をば、御知りなき父上には、定めて若氣《わかげ》の短慮とも、當座の上氣《じやうき》とも聞かれつらんこそ口惜しけれ、言はば一生の浮沈に關《かゝは》る大事、時頼不肖ながらいかでか等閑《なほざり》に思ひ候べき。詮ずるに自他の悲しみを此胸一つに收め置いて、亡《なか》らん後の世まで知る人もなき身の果敢《はか》なさ、今更《いまさら》是非もなし。父上、願ふは此世の縁を是限《これかぎ》りに、時頼が身は二十三年の秋を一期に病の爲に敢《あへ》なくなりしとも御諦《おんあきら》め下されかし。不孝の悲しみは胸一つには堪へざれども、御詫《おんわび》申さんに辭《ことば》もなし、只々|御赦《おんゆる》しを乞ふ計りに候』。
濺《そゝ》ぐ涙に哀れを籠《こ》めても、飽くまで世を背に見たる我子の決心、左衞門|今《いま》は夢とも上氣とも思はれず、愛《いと》しと思ふほど彌増《いやま》す憎《にく》さ。慈悲と恩愛に燃ゆる怒の焔《ほのほ》に滿面|朱《しゆ》を濺げるが如く、張り裂く計りの胸の思ひに言葉さへ絶え/″\に、『イ言はして置けば父をさし置きて我れ面白《おもしろ》の勝手《かつて》の理窟、左衞門聞く耳持たぬぞ。無常困果と、世にも癡《たは》けたる乞食坊主のえせ假聲《こわいろ》、武士がどの口もて言ひ得る語《ことば》ぞ。弓矢とる身に何の無常、何の困果。――時頼、善く聞け、畜類の狗《いぬ》さへ、一日の飼養に三年の恩を知ると云ふに非ずや。匐《は》へば立て、立てば歩めと、我が年の積《つも》るをも思はで育て上げし二十三年の親の辛苦、さては重代相恩《ぢゆうだいさうおん》の主君にも見換へんもの、世に有りと思ふ其方は、犬にも劣りしとは知らざるか。不忠とも、不孝とも、亂心とも、狂氣とも、言はん樣なき不所存者、左衞門が眼には、我子の容《かたち》に化《ば》けし惡魔とより外は見えざるぞ、それにても見事其處に居直りて、齋藤左衞門茂頼が一子ぞと言ひ得るか、ならば御先祖の御名立派に申して見よ。其方より暇乞ふ迄もなし、人の數にも入らぬ木の端《はし》は、勿論親でもなく、子でもなし。其一念の直らぬ間は、時頼、シヽ七生までの義絶ぞ』。言ひ捨てて、襖立切《ふすまたてき》り、疊觸《たゝみざは》りはも荒々《あら/\》しく、ツと奧に入りし左衞門。跡見送らんともせず、時頼は兩手をはたとつきて、兩眼
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