また哀れならずや。
鐘の音はまたいくたびかひゞきわたりぬ。わがおもひいよ/\深うなりつ。
夜はいたく更けぬ。山と水と寂寞として地に横はり、星と月と寂寞《じやくまく》として天にかゝれり。うるはしの極《き》はみかな。願はくは月よ傾かざれ、星よ沈まざれ、永久《とは》の夜の、この世の聲色《せいしよく》を掩《おほ》ひつゝめよかし。されどわれには祷《いの》るべき言葉なかりき。
最後の鐘聲おこりぬ。餘音《よいん》とほくわたりて、到るところに咏嘆のひゞきをとゞめぬ。うれしの鐘の音や、人間の言の葉に上《のぼ》りがたきわがいくそのおもひ、この鐘ならで誰か言ひとかむ。
年を越えてわれ都にかへりぬ。わが思ひまた胸にむすぼれつ。夜半のねざめに清見寺の鐘聲またきくべからず。われは今に於ても幾たびか思ひぬ。唱一語《しやういちご》以てわがこの思ひを言ひあらはさむすべもがな。かくて月あかき一夜、海風《かいふう》に向ひて長く嘯《うそぶ》かなむ。わが胸のいかばかり輕《かる》かるべき。
[#地から1字上げ](明治三十四年五月)
底本:「現代日本文學全集 第十三篇」改造社
1928(昭和3)年12月1日発
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