美登利。お侠《きやん》の本性は瀧つ瀬の流に似て、心の底に停るもの無しと見えしはあだなれや。扨も是の道だけは思の外の美登利。浮名を唄はるゝまでにも無き人の、さりとては無情《つれな》き仕打、會へば背き、言へば答へぬ意地惡るは、友達と思はずば口を利《き》くも要らぬ事と、少し癪にさはりて、摺れ違うても物言はぬ中はホンの表面《うはべ》のいさゝ川、底の流は人知れず湧き立つまでの胸の思を、忘るゝとには無きふた月、三月《みつき》。秋の夜雨の檐下にしほらしき人の後影見るとはなしに、何時までも何時までも見送りし心の中は、やがて胸倉捉へてほざき散らさむずお侠の本性もあはれや。今は紅入の友禪に赤き心を見する可憐の少女、是より後は中よき友とも遊ばず、衣ひきかづきて一と間に籠る古風の振舞、生れ變りたらむ樣の美登利は、有りし意地を其まゝ封じこめて、こゝしばらくの怪しの態を誰が何時言告ぐるでも無く、格子門の外にかゝる水仙の作り花は、龍華寺の信如が、なにがしの學校に袖の色變へぬべき當日のしるしなり、とはあはれ/\。たけくらべ、あへなく過ぎし昔の夢を思ひやるだに、いと床しや。
一葉女史いかなる妙手あれば、是の間の情理をかくまでに穿たれしや。是の平淡の資材を驅りて、此の幽妙の人心を曲《つ》くせるは、たしかに女史が「十三夜」以上の作と云ふべし。正太も、三五郎も、信如も、各自の性格に於て洵によく其一致を保てども、かへす/″\も面白きは美登利なり。吾等つら/\是の作を讀みしとき、人情の自からなる美はしき、人生の本末の果敢なさ、くさ/″\の思ひに堪へざりき。見よや女子の勢力、と言はぬばかりの春秋知らぬ五丁町の賑ひに、美登利の眼に女郎といふもの、さのみ賤しき勤めとも思はねば、姉の全盛を父母への孝養と羨ましく、お職を通す姉が身の憂いのつらひの數も知らねば、廓のことよろづ面白く聞きなさるゝ年はやうやう數への十四、習は性を移す世に、是の末如何の運命に到るべき。玉の如く清き少女の初戀は、あはれや露の如く脆く消えて、恐ろしき淺ましき前途の、蛇の口を開いて待ち居るとも知らで、あへなき夢を忍ぶらむ美登利の身の哀れさよ。生れにはなど變りなき人の種。十三四の友どちは、げに無邪氣なる天人の群れとも見るべくも、年經ち、心長けては、濁り江の底なき水に交りて、本の雫の珠の影だにあらず。たけくらべ、あはれ床しく忍ばるゝ吾れ人の昔かな。一葉
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