も、学校の火事の時焼失しました。

 それから、美雲の弟で竹中重吉(光重と号す)も、兄が来てから間もなく来ました。兄弟の父は今申す鎧師、その頃は鎧師などいう職業はほとんど頽《すた》っていましたし、それに世渡りの才は疎《うと》い人で、家は至って貧乏でした。それで私も出来得るだけ美雲に対しては心づけていましたが、或る日、美雲の父の家を訪ねて見ますと、暗い室の中に、年頃の青年が甚《ひど》く弱って隅《すみ》の方に坐っております。どうしたのかと聞くと、これは重吉といって、美雲の弟で、花川戸の鼻緒屋《はなおや》に奉公しているものであるが、病気にて帰っているのだということです。私は気の毒に思い、話し掛けると、ぼんやり坐っていた青年は私に挨拶《あいさつ》をしていうには、
「私は、今、父の申し上げました通り、鼻緒屋に奉公しておりますのですが、どうも皮を扱うことは性に合いませんか、あの臭気《におい》を嗅《か》ぎますと、身体《からだ》が痩《や》せるように思いますので、とうとう身体を悪くしてしまって、帰って来ております」という話。それは気の毒なこと、人間は、性に合わない職業をするほど損なことはない。何か、身に
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