っていました。
すると、また後藤君が見え、
「高村さん。平尾さんの、あなたに対する力の入れ方は本当に真剣の話です。串戯《じょうだん》ではないのですよ。この間もあなたに話した家持ちにしたいという一件……あれを是非実行したいといわれるのです。無論あなたは学校の勤務もあり、家《うち》では差し迫った仕事のある身で御多忙なのは平尾さんも万々《ばんばん》承知。ですからあなたに面倒は少しも掛けず、何事も平尾さんの手でやってしまうというのです。どうですか。折角これまでに尽くしてくれるのですから、あなたも承知なすったら、どうでしょう。今日は私は平尾さんの意を受けてあなたの御返辞を確《しっ》かり承りに来ました」
こういう話。私はこうなると、何事も打ち明け話をしなければ理が分らぬと思いましたから、
「平尾さんのお志は感謝しますが、実は、私も貧乏の中で娘を亡くし、いろいろ物入りもして、今日の処少しの貯《たくわ》えもありません。仮りに家をこしらえてくれる人があったとして、引っ越しをする金もありません。……といったような有様ですから、ちょっとお話しに乗る気もしませんが、今のお話によると、すべての事を平尾さんが一切引き受けて下さるというおつもりのようだが、そんなことまでも引き受けてやって下さるのでしょうか」
「そんな細々《こまごま》したことまで、私は平尾さんから聞きませんでしたが、一切、高村さんには面倒をかけず、万事を自分の方でする。高村さんはただ、身体だけを新しい家へ持ち運べば好いのだというのですから、無論何もかも一切|背負《しょ》う気でお出《い》ででしょう。それは承知の上のことでしょう」
「そうですか。そういうことならお世話になっても好《い》い気がします」
「では御承知下さいますね。平尾さんもさぞ張り合いがあるでしょう」
といって後藤君は帰りました。
しかし、私は平尾氏の思惑《おもわく》についてもまだ半信半疑でいました。世間によく人の世話をするという人があっても、今のような世話の仕方はほとんど例のないことのように思われますから。
ところが、平尾さんの方では早速家を探し初めた。
私には手間を掛けないというので、店の人たち、後藤君などに頼んで私の住居として格好な家を探し始めたのです。無論平尾さんの主意は家と地所と一緒で、地所が自分のものでないということは落ち附きのないことで、地所ぐるみ
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング