って見ようではありませんか、あなたがお出でになるなら、私もお手伝いかたがた同行しましょう、というので、私は栃の木の買い出しにその地へ参ることになりました。
其所《そこ》は栃木県下の発光路《ほっこうじ》という処です。鹿沼《かぬま》から三、四里奥へ這入《はい》り込んだ処で、段々と爪先《つまさき》上がりになった一つの山村であります。私と後藤氏とは上野発の汽車で出掛けたが、汽車を乗り違えたため宇都宮《うつのみや》に一泊し、翌早朝鹿沼で下車し、それから発光路へ向いました。
時は三月で、まだ余寒が酷《きび》しく、ぶるぶる震えながら鹿沼在を出かけましたが、村端《むらはず》れに人力車屋《くるまや》が四、五人|焚火《たきび》をして客待ちをしております。私たちは、彼らの前を通れば、必ず向うから声をかけて乗車をすすめることと思っていたのに、くるま屋は何ともいわず、通り過ぎても黙っていますので、少し当てがはずれ、こっちから立ち戻って言葉を掛け、発光路まで幾金《いくら》で行くねと聞きますと、発光路って何処《どこ》だいと一人の車夫はいってるのには驚きました。も一人の車夫は発光路ってこれから四、五里もある山奥だ、道が悪くてとても大変だよといっている。そんな処はおれは御免|蒙《こうむ》りだといったり、道が遠くて骨が折れるからまあよそうなどと、とても話になりそうでなく、強いて乗ろうといえば足元を見られるに決まっているので、後藤君は軍人だけに健脚で「何も車に乗るほどのことはありません。発光路まで歩きましょう」と歩きかけますので、私は少々困ったが、まだ若い時のこと「では歩きましょう」と二人でてくてく歩きはじめました。
山にはまだ雪が白く谿間《たにま》などには残っており、朝風は刺すように寒く、車夫のいった通り道もわるい。もうよほど歩いたから、発光路も直《じき》だろうと、道程《みちのり》を聞いて見ると、ちょうど半途《はんと》だというので、それからまた勇気を附けて歩きましたが、歩いても、歩いても発光路へは着かない。段々爪先上がりの急になって道は嶮《けわ》しく、左手に谿間があって、それが絶壁になっており、水の落ちる音がザアザアと聞える。
「どうもえらい処ですね。……しかし絵師などには描《か》けそうな処だ」
など話しながら、足は疲労《くたび》れても、四方《あたり》の風景の佳《い》いのに気も代って、漸々《よ
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