し、他も迷惑と思います。これはお断わりしたいものです」
とお答えをしました。
「君にそういうことをいわれた日には甚《はなは》だ困る。君はひどく謙遜して、自分は器《うつわ》ではないといわれるが、現にこの私がその美術学校の教師をやっている。あなたも私も生い立ちは同じようなものじゃありませんか」
 竹内さんはこういっておられる。
「いや、そうは思いません。あなたはいろいろ古いことなども能《よ》く穿鑿《せんさく》して知ってお出《い》でで、なかなか学もある方だから、あなたは適しております。自分はそうは思いません」
といいました。
「それは、あなたの勘違いというものだが、それを今ここで議論して見たところで初まらない。とにかく、私は岡倉さんの使者でお願いに来たのですが、君が、承知されないとなると、私も使者に立った役目が仕終《しおお》せられないので岡倉さんに対しても面目ないが……それでは、とにかく、右の返辞は君から直接岡倉さんへしてくれることにして下さい。今日一つ岡倉さんの家《うち》へ行って、逢った上のことにして下さい」
「では、そうしましょう。岡倉さんの家は何処《どこ》ですか」
「池の端茅町で、山高《やまたか》さんの手前の所です。馬見場(以前|不忍池《しのばずのいけ》の周囲が競馬場であった頃、今の勧業協会の処にあった建物)から向うへ廻ると二、三軒で冠木門《かぶきもん》の家《うち》がそれです。承知不承知はとにかく岡倉さんに逢ってよく同氏の話を聞いて下さい。私は今日は都合があって、御同席は出来ませんが万事よろしく……」
といって竹内氏は帰られました。

 それから、午後四時頃私は出掛けて行った。岡倉氏に面会すると、同氏は私の来訪を待っていた所だといって、「今日、竹内氏をもって御願いした件はどういうことになりましたか」
という。私は竹内氏に答えたことと同じ意味のことを答えますと、
「高村さん、それはあなたは考え違いをしていられる。学校をそうむずかしく考えることはいりません。あなたは字もならわない、学問もやらないから学校は不適任とおいいですが、今日、あなたにこの事をお願いするまでには私の方でも充分あなたのことについては認めた上のことですから、そういうことは万事御心配のないように願いたい。あなたに出来ることをやって頂こうというので、あなたの不得手なことをやって頂こうというのではありません。多くの生徒に就《つ》くことなどが鬱陶《うっとう》しいなら、生徒に接しなくとも好いのです」
というように岡倉氏は説いていられる。岡倉氏の説明するところはなかなか上手《うま》いので、私に嫌《いや》といわさないように話しを運んでいられる。氏はさらに言葉を継ぎ、
「それで、あなたがお宅の仕事場でやっていられることを学校へ来てやって下さい。学校を一つの仕事場と思って……つまり、お宅の仕事場を学校へ移したという風に考えて下すって好いのでそれであなたの仕事を生徒が見学すれば好いのです。一々生徒に教える必要はないので、生徒はあなたの仕事の運びを見ていれば好いわけで、それが取りも直さず、あなたが生徒を教えることになるのです」
という風に話されるので、自分のことを私がいおうと思えば、先を越していってしまってどうにも辞退の言葉がないような有様になりました。
「お話はよく分りました。そういうことなら私にも必ずしも出来ないこととは思いませんが、私には、現在、いろいろ他から引き受けてやっている仕事がありますので、仮りに学校の方でお世話になるとしても、二、三ヶ月後のことでないと困ります」
 こういいますと、岡倉氏はまたすかさず、
「それはどういう訳でしょう」
と突っ込みますから、
「それは、今日までの仕事を方附《かたつ》けてしまってから、お世話になるものなら改めてお世話になることに致しましょう」
と答えると、
「いや、それは、まだ、あなたは能《よ》く私の申し条を会得《えとく》して下すっておらん。それでは、学校のことと、内のこととを別にしていられることになる。お宅の仕事場でなさることを学校でして下されば結構と申したのはすなわちそこで、ただ、仕事部屋が、お宅から学校へ移ったというだけのことで……そう考えて頂けば現在お引き受けになっている仕事を学校の部屋へ持って来てやって下されば結構なので、つまり、生徒の学ぶのは、あなたの仕事を実地に見学することが何よりなので、私のあなたに学校へ来て頂こうという主意も実に此所《ここ》にあることです。仕事部屋も早速拵えましょう。で、仕事をそっちへ持って来て下さい。また今後とても、他からの依頼は何んなりとお引き受け下すって、それを学校で拵えて下さい。それがかえって結構で、学校の方では至極好都合なのです。現在、学校にも木彫科の方は一切教科書と同様の木彫りの手本がありません。
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