か》、雉子《きじ》、鴛鴦《おしどり》、鶴、鶉《うずら》など……もう、それぞれ諸家の手で取り掛かったものもあり、また出来掛かっている物もあるのだという。日本の鳥の中でも製作しておもしろそうなものは、もうそれぞれ手が附けられている。自分の手に掛けてやるとして、さて、どの鳥をやったものか。私も即座では当惑しましたが、ふと、思い附いて、鳥として西洋人に示しておもしろい題になるものという考えから矮鶏《ちゃぼ》はどうかと思いました。矮鶏はちんまりして可愛らしい形……木彫りとして相当味が出そうに思われる。それに、もう一つ軍鶏《しゃも》も面白いと思った。
矮鶏の温柔なちんまりした形に対して、軍鶏の勇猛な処を鑿打《のみう》ち半分で、かさかさと荒けずりの仕事を見せると、形の上からも矮鶏の軟らかさに対して剛柔の対比にもなるし、また、仕事の上では粗密とか強弱などの調和も見せられる、これは話して見ようと思い、その事を話すと、
「それはどうもおもしろい。それは名案だ。一つやって下さい」
と若井氏は非常に乗り込んで来ました。
そうして、矮鶏のようなものを木彫りにしてはさぞ骨が折れることであろうが、そこを一つ是非やって頂きたいとくれぐれもいわれる。
それで、日限は今年の暮一杯。これは掛引のない処で、実は来年の四月博覧会が開かれるので日本からは一月に出る船が積み切りだから、是非ともそれまでに間に合わせてくれということであった。
当時の私は相当世にも知られ初めて来ていましたが、まだそう仕事が沢山にあるという時ではない。現にその道の若井氏さえまだ私の存在を知らなかった位ですから、仕事の手は充分|開《あ》いています。それで、自分に出来る仕事ならば引き受けるつもりであるから、同氏の懇請に対して、私は、やれるだけやって見ましょうと引き受けたのでありました。
帰る時に、若井氏はこれで材料でも買って下さい、また入用があったら何時《いつ》でも差し上げますといって紙包みを私に渡しました。私は製作に掛かってから頂きますといっても、それでは頼んだ主意が立たないからといって聞かないので、それを持って帰りました。家に帰って見ると、五十円包んでありました。その当時のことで、仕事の前にこれだけのことをするはその人の気性《きしょう》にもよりますが、製作を要求した同氏の心持が察せられますので、私も充分に力を入れようと思ったことであった。
底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2007年2月15日作成
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