若井さんは頭の禿《は》げた年輩な人で、江戸ッ児《こ》のちゃきちゃきという柄。註文の要点を訊《き》くと、なるほど、ちょっと、立ち話位では埒《らち》の明かない話……それはまず次のようなわけ……若井氏はフランスに美術店を出している。パリでもかなり評判が好い。ところで、来年の春にはパリに博覧会(一八八九年万国博覧会)が開かれるので、同所に店のある関係上、出品をしないわけに行かない。また出品する以上は普通の物では平日《ふだん》の店に障《さわ》るので、なかなか苦しい立場である。で、今度の事は、一時の商売的ではなく、ただただ店を保護するためである。それで、利益があれば作家へも上げますし、また、賞は、製作者の名前で貰うことにします。自分の利益は平日の店にあるので……云々。ついては、当代の名匠にいろいろな製作を頼んで、既に大分《だいぶ》目鼻が附いたのであるが、ただ一つ木彫りの製作をする人に困って今日まで延びている。で、その製作を私に頼むということであった。
そうして同氏がさらに附け加えていうには、何んでも今度の出品は、日本の美術を代表するような傑作|揃《ぞろ》いを出品したい。世界の美術の本場のような仏国のことで観《み》る人の目も高いから、もし、拙劣《つまら》ないものを出しては第一自分の店の名に係るので、算盤《そろばん》ずくでなく傑《い》いものばかりを選り抜くつもりで、一つヤンヤといわせる目論見《もくろみ》であるのだが、それには一趣向あるので、自分の案としていろいろ考えた結果、日本の鳥を主題にして諸家に製作を頼んだのである。これは日本の美術を代表しようと思ってもこれといって題材としておもしろいものがないが、ただ、日本の鳥だけは出品になりそうなので、そう思いついたわけである。で、蒔絵、焼き物、鋳物、象牙、……何んでも鳥を題にして製作してもらいましたが、一つ木彫りの方では高村さんあなたが代表して鳥を一つ拵《こしら》えて頂きたい……という注文であった。
この話を聞いては、私も迂闊《うか》とは手が出せないと思いました。「是非一つやって見て下さい」といわれて「では、やって見ましょう」と軽弾《かるはず》みな返事は出来ない。それに、鳥といって何んの鳥を彫るのか。一応、主人の考えを聞いて見ると、何んの鳥と自分でも考えてはいない、それも決めて頂きたいという。そうして、これまで注文した分には、鷹《た
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング