い人であり、しかもこの作は丹誠の籠《こも》ったものだ。審査せんわけに行かん」
 こう幹部の意見が一致した。
 そこで審査することになりました。

 すると、まだ審査の結果が発表にならない前日に金田氏に逢いますと、氏のいわれるには、審査の結果、君の狆は、金賞になるということを聞き出して来たが、どうもお目出たいとの話。どうもこれはお目出たいかも知れませんが、私は困りました。その困るというのはちょっと理由《わけ》もあったことであります。話が大変|管々《くだくだ》しくなって煩わしいが、委曲話すだけは話しませんと自分の思惑《おもわく》が通りませんから話して置きますが、ちょっと話しが少し戻って、私の狆の作が陳列されて幾日目かに会場へ後藤貞行氏という馬車門の彫刻家が見物に来ました。この人は私の弟子ではないが、物を彫ることは私が教えたんで親しい間柄。私の作の前に立って、つくづく狆を見ている。
「後藤さん。こんなものが出来たんだが、どう見えますか。狆に見えますかね」
 私が批評を聞くと、
「まことに結構です。しかし只今、お作を拝見して、この彫刻の結構なことを思うにつけて、いと残念に思うことは、この狆をお彫りになる前にその事を私が知っていたらよかったが残念なことをしたと思いますよ。実をいいますと、このお作はどういう狆をモデルになすったか、なかなか狆としては名狆の方ではあるが、どうも大分年を老《と》っているように見受けます」
 こういう答え。私は後藤氏の言葉を聞いている中に、なるほどさすが馬専門の人で、動物を平生《ふだん》からいじりつけているだけに、なかなか詳しい。この狆を老年と見た目は高いと思いながら、黙って聞いていますと、氏は言葉を次ぎ、
「それで、残念なことをしたと思いますのは、このモデルの狆よりも、もっと上手《うわて》で、恐らく日本一の名狆と思われる良《い》い狆を私の知り合いのお方が持っておられます。その狆をあなたに参考としてお見せしたら、必ずこの作以上のものがお出来だったろうと、只今、感じながら拝見している処でありますが、惜しいことをしました」
「……御尤《ごもっとも》のお言葉で……その狆は誰方《どなた》がお持ちなんですか」
「それは侍従局の米田さんの狆です。何でもよほど高価でお求めになったとかで、東京にもこれ以上のものはまずなかろうという評判で、年齢もまだ若し、それは実に素晴
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