風呂敷を持って出掛けました。近所のことなり、若い者の足で間もなく帰って来た。話を聞くと、狆は荒物屋にはいないということ。
「狆は、もういないのかね」
「ええ、狆は荒物屋にはいません。ですが、四谷《よつや》の親類の方にいるんだそうです」
「四谷にいると、本当に」
「いるんだそうです。それで荒物屋さんの御主人が、私が附手紙《つけてがみ》を四谷へ書いてあげるといって、それを貰って来ました。これを持って四谷へ行けば、狆は多分貰えるだろうということです。私は直ぐ四谷へ行こうと思いましたが、ちょっとお知らせしてからと思って帰って来ました」
 国さんはこういいながら立ったままでいる。それがまだ昼前のことで、これから四谷へ行くは大変、お午餐《ひる》をたべてからというので、早昼食《はやひる》をたべて国さんは四谷へと出掛けて行きました。

 国さんは午後四時頃に帰って来た。
 見ると、何か嵩張《かさば》る箱のようなものを背負《しょ》って、額に汗を掻《か》いて大分|疲労《くたび》れた体《てい》である。まだ馬車もなく電車は無論のこと、人力《じんりき》に乗るなど贅沢《ぜいたく》な生計《くらし》ではないので、てくてく四谷から、何か重そうなものを背負わされて戻った。見ると四角張ったものは狆の箱で、箱ぐるみ貰って来たという訳、箱だってなかなか手を尽くしたもので、きりぎりす籠《かご》の大きいような塩梅《あんばい》に前へ竹の管《くだ》の千本格子《せんぼんごうし》が這入《はい》っている。箱を座敷へ上げて中を見ると、動物がその格子の内に寝ころんでこっちを見ておりました。

 その動物を見ると私は驚きました。
 というのはその権識《けんしき》が実に異《ちが》います。見ていると気味が悪い位です。その目が素晴らしく大きく鼻と額と附《く》っ着いて頬《ほお》の毛が房《ふっ》さり達筆に垂《た》れ、ドロンとした目をしてこちらを見ている所をこっちから見ると、何か一種の怪物のような気もしてどうも変なものだと思いました。
「どうもこれは妙だね」
「どうも妙なものですね」
 家《うち》のものもそういって見ている。
 私は近寄って箱の蓋《ふた》を明けましたが、直ぐに飛び出して来ようともしません。寝転《ねころ》んだままで悠々《ゆうゆう》としている処、どうも動物とはいえ甚だ権が高い。
「名は何んというのかね」
「種《たね》っていうん
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