をしてふいと去ってしまう。こういうことが幾度となく重なっていました。
 私は、妙な人だと思っていた。いずれ数奇者《すきしゃ》で、彫刻を見るのが珍しいのであろう位に思っていた。風采の上から、まず自分の見当は違うまいなど思っていた。とにかく私の記憶には、もう何処《どこ》で逢っても見覚えのついている人であった。

 すると、或る夏のこと、先年、私が鋳物師大島氏の家にいた時分、その家で心やすくなっていた牧光弘という鋳物師があって、久方ぶり私の仕事をしている処へ訪ねて来られた。久闊《きゅうかつ》を舒《じょ》し、いろいろ話の中に、牧氏のいうには、
「高村さん、あなたに大変こがれている人があるんだが、一つその人に逢ってやりませんか。先方では是非一度逢いたいもんだといって大変逢いたがっているんですよ。この間も行ったらまたあなたの話が出てね。是非逢いたいっていってました。あなた逢う気がありますかね」
 こういう話。これは珍しいと私は思った。
「私に逢いたがってる人があるんですって、それは誰ですね」
「その人ですか。それは石川光明という牙彫家ですよ」
 私はびっくりしました。
「ええ、石川光明さん、その人が私に逢いたがってるってんですか。そうですか。石川さんならまだ逢ったことはないが、あの人の仕事は私も知ってる。今の世にどうも恐ろしい人があるもんだと実は私は驚いているんだ」
「あなたも石川さんの仕事を感心していますか」
「感心どころのことではない。敬服していますよ。私とは違って牙彫りの方だけれども、当今、日本広しといえども、牙彫り師としてはあの人の右に出るものは恐らくありますまい。私は博覧会の薄肉の額を見た時から、すっかり敬服しているんだ。その石川さんが私に逢いたいなんて……そんならこっちからお目に掛かりに行きたいもんです。案内してくれますか」
「そりゃ、案内するのは訳はありませんが、しかし、高村さん、そりゃいけませんよ。先方《むこう》があなたに逢いたがって、是非一度引き逢わせてくれといってるんです。先方からいい出したことだから、先方がこっちへ出向いて来るのが順序ですよ。何もあなたの方から出掛けて行かなくても、先方がやって来ますよ。で、あなたは逢いますね」
「逢いますとも、……私もお目に掛かりたいもんだ。あの石川さんなら」
「では、私が今石川さんを貴宅につれて来ましょう。これは話がおも
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