と、それは、石川光明という牙彫《げぼ》りの名人で、当時既に牙彫りでは日本で一、二を争う人となっていた人であったのです。
 光明氏は私と同年輩の人、人格は申すまでもなく、風采も至って上品で、さすがに一技に優《すぐ》れた人ほどあって見上げたところのある人であった。後年美術学校教授を奉職し私とは同僚となりました。

 私は光明氏に勧められて美術協会に出品したのが縁となって、石川氏との交際はいよいよ親しくなりまた同会とも接近して行くようになった。亜《つ》いで会員となることをも勧められましたが、とてもまだ会員になる資格はないと辞退をしましたけれども、会頭の佐野氏からもいろいろ御言葉があり、或る時は、同氏のお宅へ招待され、大層歓待を受けた上に、また入会のことを勧められたりしましたので、私もついに会員の末席を汚すようなことになりました。
 この時から私はいろいろの人の顔も知り、また当時の美術界に重きを為《な》せる人々の所説をも聞き、明治十三年以降その当時に及んでいる斯界《しかい》の趨勢《すうせい》の大略をも知ることが出来、また、その現在の有様をも了解することが出来たようなわけで、ここで私は一遍に世間を眺め、一どきに眼を開いたような感を致しました。
 今日までは実に眼の前に黒い幕が引かれていたようなもので、この時一時にそれが取れたという感じでありました。



底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
   1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2006年12月22日作成
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