れる方のを三本か四本位出して、蝋燭四本の物なら二本へらして薄ぐらくして置く、すると買い手の方は要求しているものが其所にあるから、値を聞く。売り手は他店にもう品切れと踏んでいるから、吹っ掛けて出る。一声負けたところで、利分は充分。それに商売がしやすいのであります。そうして売れないものは無理に売ろうとせず、二の鳥を俟《ま》ち、三の酉があればそれをも俟つという風で、決して素人のように売り急ぎをしないのだそうであります。際《きわ》どいのは、もの仕舞い際になると、蝋燭(薩摩《さつま》ろうそく)やカンテラを消して店を方附け、たった一本位出して置いて、客がつくと、それを売る。もうないのかと思うと、もう一本ある。他の客が奪うようにして買って行く。段々とそうして余分に儲けるなどなかなかその懸引《かけひき》があるものだといいます。けれど、こっちはそこまではやれない。この商売はほんの駈け出しだから、何んでもかまわず早く売りたくて仕方がなかったものでした。

 私たちの店は今も申す通り、大きい店の袖にあった跳《は》ね出しの店です。この方が割方《わりかた》安くてかえって都合がよろしい。大分、もう売って行ってほとんど出盛りのテッペンと思う頃、仕事をしに入り込んでいた攫徒《すり》の連中が、ちょうど私たちの店の前で喧嘩《けんか》を始めた。これは馴《な》れ合い喧嘩というので、その混雑の中で、懐中を抜くとか、売り溜《だ》めを奪《と》ろうとかするのです。それ喧嘩だというと、大勢が崩《くず》れて、私たちの跳ね出し店の手欄《てすり》を被り、店ぐるみ葭簀張《よしずば》りを打ち抜いて、どうと背後《うしろ》まで崩れ込んで行ったものです。ところが、背後は池の半分|跳《は》ね出しだから、池の中へ群衆はひと溜まりもなく陥《お》ち込んでしまった。
 私はちょっと用を足しに他《わき》へ行っていたのでしたが、帰って見ると、店は粉微塵《こなみじん》になっている。池へ落ちた群衆が溝渠鼠《どぶねずみ》のようになって這《は》い上がって、寒さに震えている。父は散らばった熊手を方附けている処でしたが、容子《ようす》を聞くと、スリが馴れ合い喧嘩をしたのだという。よく、池にも落ちず、怪我《けが》もしなかったことを私は安心しましたが、父はこんな突発的な場合にも素早く、馴れたものでそれというと、葛籠《つづら》の中の売り溜《だ》めを脇に挟《はさ》
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