さば》けたものであった。それで、象牙商というものが、四、五軒も出来て大仕掛《おおじか》けに商売をしている。すべてこの調子で、象牙彫りは一世を圧倒するの勢いでありましたが、それに引き代え、木彫りは孤城落日の姿で、まことに散々な有様でありました。
されば、その頃、この流行を逆に行って、木彫りをやっているなどは、誠に気の利かない奴に相違なかったのであります。それに木彫りは破損しやすいが、象牙彫りは粘着力《ねんちゃくりょく》があって、しかも、見た目に美しく、何んとなく手の中へ入れて丸められるような可愛らしさがありますから、時流に適したは無理のないこと。需要の多いものを供給し、人の好むに投じて製作すれば、したがって収入多く、生計もたちまち豊かに、名声もまた高くなるのでありますが、私は、どうも、おかしな意地を持って、なかなかこの象牙彫りをやる気になれませんでした。
底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2006年
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