がら止《よ》しにしてとにかく引き取ることにしようじゃないか」
そこで師匠はさらに具体的に談判を進めました。
で、つまり、幾金《いくら》ということになったのです。
こうなって来ると、下金屋の方でも慾《よく》が出て来ましょう。今、江戸でも有名《なうて》な仏師の東雲が、百観音の中から五体だけ撰り出して、これを幾金に売るか? というとなると、彼らもちょっと首をひねらねばなりません。そこで足元を見て、一体を一分二朱で手放そうということになった。五体だから、一分が五つの一両一分、二朱が五つで二分二朱、すなわち五体で一両三分二朱(今日《こんにち》勘定で一円八十七銭五厘)ということに相談が纏まりました。当時の一両三分二朱は現今《いま》の三十円内外にも当りましょうか。
そこで、車を借りてそれを乗せ、日の暮れる頃師匠の家へ運んで来ました。それから買った後《あと》の九十五体の観音はどうで焼けてしまうのだから、その玉眼と白毫《びゃくごう》(眉間《みけん》に嵌《は》めてある宝玉、水晶で作ったもの)が勿体《もったい》ない。私が片ッ端から続目《つぎめ》を割って抜き取りました。師匠と両人《ふたり》で何んだか情けないような感じがしました。いうまでもなく下金屋がそれらに何んの価値を認めないということで思い附いた仕事でした。
底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2006年9月8日作成
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