げられず、並木へと行けど、それも駄目なり。やむをえず河岸へ出たものだ。ところがちょうど引汐時《ひきしおどき》であったから、それへ荷物をウーンと出したものだ。すると、また上潮《あげしお》になって来て、荷物は浮いて流れ出す。……それを縄で括《くく》って流すまいとするその大混雑……其所《そこ》へ、河岸へ火が出て来て猛火に煽《あお》られ、こげ附くようになりながら、浮き上がった荷物の上へ、獅噛《しが》みつき、身体を水に濡《ぬ》らしては火の粉を除《よ》けるという騒ぎ、何んのことはない、火責め水責めを前後に受けて生きた心地もしなかった。それに苦しい上にも苦しかったことは、あの、「乾《いぬい》」の烟草屋《タバコや》の物置きに火が掛かると、ありたけの烟草が一どきに燃え出して、その咽《むせ》ることは……焦熱地獄とはこんなものかと目鼻口から涙が出やした」
と、今は寒さに震えながら、下火に当っての物語、……茫々莫々《ぼうぼうばくばく》たる焼け跡の真黒な世界は、師走の鉛色な空の下に無惨な状《さま》で投げ出されていました。
 師匠の荷物は、この兄弟が川の中で扶《たす》けたものばかりと、手伝いの人が持って帰って、後
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