ん》されて逃げ道のないのとで、荷物を出した人などはない。出しには出しても、出した荷は山と積まれたまま焼けてしまうのですから、誰も彼《か》も生命《いのち》からがら、ただ身一つになって、風呂敷包み一つも持たず逃げ出したもの……実に悲惨《みじめ》なことでありました。
さて、火勢はさらに猛烈になって、とうとう雷門へ押し掛けて行きました。
広小路から雷門|際《ぎわ》までは荷物の山で重なっているのですが、それが焼け焼けして雷門へ切迫する。荷物は雷門の床店の屋根と同じ高さになって累々としている所へ、煽《あお》りに煽る火の手は雷門を渦の中へ巻き込んでとうとう落城させてしまいました。それで雷門から蔵前の取っ付きまで綺麗に焼き払ってしまった上、さらに花川戸から馬道に延焼し、芝居町まで焼け込んで行きました。三座は確か類焼の難はのがれたように思いますが、何しろ、吾妻橋際から大河《おおかわ》の河岸まで焼け抜けてしまったのですからいかに火勢が猛威を振《ふる》ったかは推《お》し測られます。それに、大河を越えて、本所の吉岡町《よしおかちょう》へ飛火をして向う河岸で高見の見物をしていた人の胆《きも》までも奪ったと
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