幕末維新懐古談
私の父の訓誡
高村光雲

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)側《そば》
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 さて、いよいよ話が決まりましたその夜、父は私に向い、今日までは親の側《そば》にいて我儘《わがまま》は出来ても、明日からは他人の中に出ては、そんな事は出来ぬ。それから、お師匠様初め目上の人に対し、少しでも無礼のないよう心掛け、何事があっても皆自分が悪いと思え、申し訳や口返しをしてはならぬ。一度師の許《もと》へ行ったら、二度と帰ることは出来ぬ。もし帰れば足の骨をぶち折るからそう思うておれ。
 家《うち》に来るは師匠より許されて、盆と正月、一年に二度しかない。またこの近所へ使いに来ても、決して家に寄る事ならぬ。家へ帰るのは十一年勤めて立派に一人前の人に成って帰れ。……とこういい聞かされました。
 そして、父は再び言葉を改め、
「今一ついって置くが、中年頃に成っても、決して声を出す芸事は師匠が許しても覚えてはならぬ。お前の祖父はそのために身体を害し、それで私は一生無職で何んの役にも立たぬ人になった。せめてお前だけは満足なものになってくれ」と涙を流して訓誡されました。
 
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