ますと、
「あんなもんじゃないよ。あれは、ほりもの[#「ほりもの」に傍点]大工で、宮彫《みやほ》りというんだが、俺のいう高村東雲先生の方は、それあ、もっと上品なものなんだ。仏様だの、置き物だの、手間《てま》の掛かった、品《ひん》の好い、本当の彫物《ちょうこく》をこしらえるんで、あんな、稲荷町の荒っぽいものとは訳が違うんだ。そりゃ上等のものなんだ。だからお前、ただの大工や宮師《みやし》なんかとは訳が違って素晴らしいんだよ。光坊、お前やる気なら、俺がお前のお父さんに話してやる。どっちも知った顔だから、俺が仲へ這入ってやる」
 こう安さんはしきりと私に勧めます所から、私も何時《いつ》かその気になって、
「それじゃア小父さん、私は大工よりも彫刻師になるよ」と承知をしました。

 そこで、気の逸《はや》い安床は、夜分《やぶん》、仕事をしまってから、私の父を訪《たず》ねて参り、時に兼さん、これこれと始終のことをまず話し、それから、
「その東雲という人は、お前の家の隣りにいた人で、それ、日本橋通り一丁目の須原屋茂兵衛《すはらやもへえ》の出版した『江戸名所|図会《ずえ》』を専門に摺《す》った人で、奥村
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