手が出ません。ここをこうといいつけても間に合わないという風で、私は大に困りましたが、困ったあげく、芝居の道具方の仕事をやっているある大工をつれて来て、これにやらせてみますと、なかなか気が利いていて役に立ちます。私はこの大工を先に立てて仕事を急ぎました。
それで、私はよすどころでなく毎日仕事場へいかねばならなくなった訳であります。が、毎日高い足場へ上って仕事師大工達の中へ入って仕事をしていますと、なかなかおもしろい。面白半分が手伝って本気で汗水を流して働くようになりました。今日では思いも寄らぬことですが、また歳も若し、気も旺《さか》んであるから、高い足場へ上って、差図をしたり、竹と丸太をいろいろに用いて、頤《おとがい》などの丸味や胸などのふくらみをこしらえておりますと、狭い仕事場で小仏を小刀の先でいじっているとはまた格別の相違……青天井の際限もない広大な野天の仕事場で、こしらえるものは五丈近い大きなもの、陽気はよし、誰から別段たのまれたということもなく、まあ自分の発意から仲のよい友達同士が道楽半分にやり出した仕事ですから、別に小言の出る心配もなし、晴れた大空へかんかんと金槌の音をさせて荒っぽく仕事をするので、どうも、甚だ愉快で、元来、まかり間違えば自分も大工になる筈であったことなど思い出して、独りでに笑いたくなるような気持にもなったりしたことでありました。
だんだんと仕事の進むにつれて、大仏の頭部になってきましたが、大仏の例の螺髪《らはつ》になると、一寸困りました。俗に金平糖というポツポツの頭髪でありますが、これをどうやっていいか、丸太を使った日には重くなって仕事が栄《は》えず、板では仕様もない。そこで、考えて、神田の亀井町には竹|笊《ざる》をこしらえる家が並んでおりますから、そこへ行って唐人笊を幾十個か買い込みました。が、螺髪の大きい部分はそれが丁度はまりますけれども、額際とか、揉《もみ》上げのようなところは金平糖が小さいので、それは別に頃合いの笊を注文して、頭へ一つ一つ釘で打ちつけていったものです。仏さまの頭へ笊を植えるなどは甚だ滑稽でありますが、これならば漆喰《しっくい》の噛り付きもよく、案としては名案でありました。
「やあ、大仏様の頭に笊が乗っかった」
などと、群衆は寄ってたかって物珍しくわいわいいっております。突然にこんな大きなものが出来出したので、出来上がらない前から人々は驚いているという有様でありました。
ある日、私は、遠見からこれを見て、一体どんな容子に見えるものだろうと思いましたので、上野の山へ行って見ました。丁度、今の西郷さんのある処が山王山で、そこから見渡すと、右へ筋違いにその大仏が見えました。重なり合った町家の屋根から、ずっと空へ抜けて胸から以上出ております。空へ白い雲が掛って、笊を植えた大きな頭がぬうと聳えている形はなんというていいか甚だ不思議なもの……しかし、立派な大仏の形が悠然と空中へ浮いているところは甚だ雄大……これが上塗りが出来たら更に見直すであろうと、一層仕事を急いで、どうやら下地は出来ましたので、いよいよ、左官与三郎が塗り上げましたが、青銅の味を出すようにという注文でありますから、黒ッぽい銅色に塗り上げると、大空の色とよく調和して、天気のよい時などは一見銅像のようでなかなか立派でありました(この大仏に使った材料は竹と丸太と小舞貫と四分板、それから漆喰だけです)。
「どうも素晴らしいものが出来ましたね。えらいものをこしらえたもんですね」
など見物人は空を仰いでびっくりしております。正味は四丈八尺ですが、吹聴は五丈八尺という口上、一丈だけさばを読んで奈良の大仏と同格にしてしまいました。そこで口上看板を仮名垣魯文先生に頼み、立派な枠をつけ、花を周囲に飾って高く掲げました。こんな興行物的の方は友達の方が受持ちでやったのでありました。
それから、胎内の方は野見の親父さんの受持ちで、切舞台には閻魔の踊りを見せようという趣向。そこでまた私は閻魔の顔をこしらえさせられるなど自分の仕事をそっちのけにして忙しいことで、エンマの顔は張子に抜いてぐるぐる目玉を動かすような仕掛けにして、中へ野見の老人が入って仕草をするという騒ぎ……一方、古物展覧の方も古代な布片《きれ》とか仏像のような、なんでも時代がついて、曰く因縁のありそうなものを並べ、鳴戸のお弓の涙などと子供だましでなく、大人でも感服しそうな因縁書などを野見の老人がやって、一切、内外共に出来上がりまして、いよいよ蓋を明けましたのが確か五月の六日……五日の節句という目論見であったが、間に合わず、六日になったように記憶しております。
この興行物は「見流しもの」といって、ずっと見て通って、見た客は追い出してしまうので、見世物としては大勢を入れるに都合の
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