、その最後まで踏み留まつた戦士も、またゝく間に、塵埃に委《まか》することであらう、太古時代には、森林が人間を威嚇《ゐかく》した、その復讎《ふくしう》の旋律が、いま酬《かへ》つて来るとともに、私の生活を、原始の自然に繋《つな》ぐ紐帯《ちうたい》も、ズタズタに引きちぎられたのだ、人情の結氷点が近づいたのだ、曲もない白壁のやうな空を見るために、森林を犠牲にしなければならなかつたのであらうか、私は眼かくしの革を取り去られたときの、馬の怯《おび》えを感じた、森と私の交感を妨げやうとするのは、眼に見えない侵入者だ、その胸倉を捉《と》つて、戸の外に突き出さなければ気が済まないやうに、ムシヤクシヤ腹になつて、二階の狭い椽側《えんがは》に立ち上りながら、向ふを睨みつけ、体操をするやうな手つきで、虚空を二三度突つ張つて見た。



底本:「日本の名随筆21 森」作品社
   1984(昭和59)年7月25日第1刷発行
   1998(平成10)年1月30日第17刷発行
底本の親本:「小島烏水全集 第八巻」大修館書店
   1980(昭和55)年10月発行
入力:門田裕志
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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