を使って、あわれむが如き素振《そぶ》りでゆき過ぎた。サッとかき曇った空模様は、何かのたたりを暗示するように思わせた。
桜沢、鬼ヶ沢を越える。富士はもう森林や砂礫《されき》をかなぐり捨てて熔岩の滑らかな岩盤をむきだしにしている。どす黒い霧で、ゆく先も脚の下もよく解らない。西風に吹きつけられた水蒸気が、山の胴体を幾重にも巻いて、凝結しているのだと思う。次いで頭にひらめくものは、放電であった。鼻の先にぴかりと光ったのが早いか、鳴りはためいた。足許に白蟻ほどの小粒なのが、空から投げだされて、算《さん》を乱《みだ》して転がっている。よく見ると雹《ひょう》だ。南は斜《ななめ》に菅笠冠《すげがさかぶ》りの横顔をひんなぐる。あわてて、糸立《いとだて》を肩にひろげたが、透《とお》るようなビショぬれで、ポッケットにはさんだ紫鉛筆の色が、上衣の乳の下あたりまでにじみだした。熔岩の岩盤からは、白糸のようにさばかれた千筋のたき津瀬がたぎり落ちて、どれが道やら、わらじやら、ミヤマハンノキやら、無分別になった。幾たびとなく足をすくわれ、のめり、手を突きながらも、温度は手が凍《こご》えるまで下らなかったので、金剛杖
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