んしょう》の火山その物のように、赤々と浮び上った。天上の雲が、いくらか火を含んで、青貝をすったようなつやが出る。それが猫眼石のように、慌《あわた》だしく変る。大裾野の草木が、めらめらと青く燃える。捨てられた鏡のような山中湖は、反射が強くて、ブリッキ色に固く光った。道志山脈、関東山脈の山々の衣紋《えもん》は、隆《りゅう》として折目を正した。思いがけなく、落葉松《からまつ》の森林から鐘が鳴った、小刻みな太鼓が木魂《こだま》のように、山から谷へと朝の空気を震撼《しんかん》した。神主の祝詞《のりと》が「聞こし召せと、かしこみ、かしこみ」と途切れ途切れに聞える時には、素朴な板葺《いたぶき》のかけ茶屋の前を通って、はや小御岳神社へと詣《もう》でるころであった。神社の庭には天狗がおもちゃにするというまさかり、かま、太刀などが、散乱している。室の人が、杖に「大願成就」という焼印を押してくれた上に、小御岳の朱印を押した紙に、水引を添えてくれた。これはしかし吉田口の五合目から、富士に向って、左に路を取り、宝永山の火口壁から、その火口底へ下り、大宮方面の大森林に入って、大沢の嶮を越え、小御岳へ出るのが順で、
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