の宿に足をとめた時に、更に新しくさせられた。私が吉田へ着いた時は午《ひる》を過ぎていた。どの宿という心当りもなかったが、無作法なる宿引きが、電車の中の客席へ割り込んで、あまりにツベコベと、一つの宿屋を吹聴するので、宿引の来ない宿屋にゆくに限ると決め、電車の窓から投げ込まれた引札の中から選り取って、大外河《おおとがわ》を姓とする芙蓉閣なる宿屋へ、昼飯を食べに入った。この宿の中には建久館と称する七百三十年も前の古家が、取《とり》いれられている趣であるが、玄関には登山用の糸立《いとだて》、菅笠《すげがさ》、金剛杖など散らばっている上に、一段高く奥まったところに甲冑《かっちゅう》が飾ってあり、曾我の討入にでも用いそうな芝居の小道具然たる刺叉《さすまた》、袖がらみ、錆槍《さびやり》、そのほか種ヶ島の鉄砲など、中世紀の武器遺物が飾ってあるのを尻目にかけて、二階に上り、雲に包まれた富士と向き合って、ボソボソした冷飯を、味のない刺身で二杯かッ込み、番頭に頼んで、二階下の建久館なるものを案内してもらったが、奥庭に面した普通の客座敷で、ただ戸棚や、天井板などに色の黒ッぽくくすんだ、時代の解らぬ古木が使って
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