抜ける。その水は、御手洗《みたらし》川であった。旅館梅月へ着く。割烹《かっぽう》を兼ねた宿屋で、三層の高楼は、林泉の上に聳《そび》え、御手洗川の源、湧玉池に枕《ちん》しているから、下の座敷からは、一投足の労で、口をそそぎ手が洗える。どこかの家から、絃歌《げんか》の声が水面を渡って、宇治川のお茶屋にでも、遊んでいるような気がする。恐らく富士山麓の宿屋としては、北の精進《しょうじ》ホテル以外において、もっとも景勝の地を占めたものであろう。池は浅間《せんげん》大社のうしろの熔岩塊、神立山の麓から噴き出る水がたたえたもので、社の神橋の下をすみ切って流れる水は、夜目にも冷徹して、水底の細石までが、うろこが生えて、魚に化けそうだ。金魚藻《きんぎょも》、梅鉢藻《うめばちも》だのという水草が、女の髪の毛のようになびいている中を、子供たちが泳いでいる。明朝の登山準備を頼んで、宿の浴衣《ゆかた》を引っかけたまま、細長い町を散歩する。女学生の登山隊が、百人ほど、町の宿屋にいるのだそうで、チンチクリンの男の浴衣を、間に合せに着て、歩いているのもある。宿屋の店頭《みせさき》には、かがり火をたき、白木の金剛杖をた
前へ
次へ
全58ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング