を見たことを悦《よろこ》ぶ。
 帰りがけに、雨も小止みになったので、自動車で韮崎《にらさき》の町を突き切り、釜無川の東岸に沿うて、露出しているところの七里岩を、向う岸の美しい赤松の林から眺めた。八ヶ岳の泥流が作りあげた凝灰《ぎょうかい》質、集塊岩の美事なる累積である。それが甲斐と信濃の境、鳳来附近から、一気に押し寄せて来ているのだから驚く。
 帰り路に、若尾、輿石両君から、故|大町桂月《おおまちけいげつ》氏の、南アルプス登山旅行に同行した話を聞く。桂月氏の風采が、活《い》けるが如く浮んで来る。南アルプス紀行が一枚も書かれないで、逝かれたため、桂月氏の簡潔なる名文を、永久に見ることが出来ないのは、甲斐の不幸ばかりでなく、山岳文学のためにも寂寥を感じる。甲府へ戻って、大宮吉田を振りだしに、富士山を「上り」とした道中双六の「さい」は、おのずと収められる。



底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
   1992(平成4)年7月16日第1刷発行
   1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集」大修館書店
   1979(昭和54)年9月〜1987(昭和62)年9月
※底本には以下に挙げるように誤植が疑われる箇所がありましたが、正しい形を判定することに困難を感じたので底本通りとし、ママ注記を付けました。
○シャトル市:「シヤトル」の誤記か。
○おひずる:「おいずる」の誤記か。
※「水引」「水引き」の混在は底本通りにしました。
入力:大野晋
校正:門田裕志、小林繁雄
2004年12月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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