ふく》するゴロタ石のために、底の岩石を知ることが出来ない。木の葉一枚動かない沈鬱なる空の下に、案じたほどのこともなく向う岸へ渡り、崖の上へ立って振り返ってみると、白衣の道者の一連が来て、大沢の手前でうずくまり、先達《せんだつ》がお祈りを上げている。さながら葛飾北斎の富嶽三十六景中の題目であって、小泉八雲に驚異の目を見張らせた光景である。なお見ていると、小さな石一つ、沢の上から落ちて、豆太鼓《まめだいこ》でも鳴らすような、カラカラ音をさせると見ると、砂煙がぱッと立って、二、三丈ばかりの砂夕立が降る。「さあ、これから、さす(登ること)で」と荷担《にかつ》ぎがいう通り、今度はひた登りに登る。国境に甲斐をまたいで、駿河の領内に入る。ここにも石楠花が枝越しに上からのぞき込む。その天空に浮遊するかの如き、嶮《けん》にして美なる林道を「天の浮橋」と呼ぶそうであるが、何よりも喬木林の陰森さにおどろかされる。木曾の森林にでも迷いいったようで、焼砂の富士、「ほうろく」を伏せた形の石山とは思われない。また白衣の道者の一群に、森の出口でゆき遇《あ》う。彼らは私たちの「逆廻り」を、うさんくさそうな傍目《わきめ》を使って、あわれむが如き素振《そぶ》りでゆき過ぎた。サッとかき曇った空模様は、何かのたたりを暗示するように思わせた。
桜沢、鬼ヶ沢を越える。富士はもう森林や砂礫《されき》をかなぐり捨てて熔岩の滑らかな岩盤をむきだしにしている。どす黒い霧で、ゆく先も脚の下もよく解らない。西風に吹きつけられた水蒸気が、山の胴体を幾重にも巻いて、凝結しているのだと思う。次いで頭にひらめくものは、放電であった。鼻の先にぴかりと光ったのが早いか、鳴りはためいた。足許に白蟻ほどの小粒なのが、空から投げだされて、算《さん》を乱《みだ》して転がっている。よく見ると雹《ひょう》だ。南は斜《ななめ》に菅笠冠《すげがさかぶ》りの横顔をひんなぐる。あわてて、糸立《いとだて》を肩にひろげたが、透《とお》るようなビショぬれで、ポッケットにはさんだ紫鉛筆の色が、上衣の乳の下あたりまでにじみだした。熔岩の岩盤からは、白糸のようにさばかれた千筋のたき津瀬がたぎり落ちて、どれが道やら、わらじやら、ミヤマハンノキやら、無分別になった。幾たびとなく足をすくわれ、のめり、手を突きながらも、温度は手が凍《こご》えるまで下らなかったので、金剛杖
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