ある。浴衣を着た、白粉剥げのした女が、素足に草履を穿き、川縁に立つて、名古屋訛りの言葉で、船頭に言伝てを頼みながら、手紙を渡してゐる、船はその茶屋の側から出る、これが港であつたら、黒い船、赤い船が、檣《ほばしら》や烟突を、林のやうに立たせ、重々しく鎖を引き擦り、錨を卸して、青い海の上と、焼けるやうな赤い雲の下に、装飾的に行列してゐるところであるが、この奇体な、みすぼらしい川船は、渚に繋がれてゐるのはいかにも迷惑さうに、航海者が慄気《おぞげ》を震ふ風なんぞは、一向に平気だといふやうな顔をして、一寸した水のうねりにも、神経をピリリと動かせ、今にも水の底を潜りかねない気配をして、待ちくたびれてゐるげに見える。船体を白く塗つてゐないから、白鳥とは見えないが、又鰭を振る魚とも見えない、船の長さ七間半、幅四尺、深さ三尺ぐらゐで、両方の舷側には、小さな穴を明け、棕櫚繩で、長さ九尺ぐらゐもあらうかといふ樫製の櫂《かい》を、左右に二挺結びつけてある、櫂の折れ目に鉄環でツギをあてたのもある。
 船の中には、竹棹が何本となく抛り出されてある、その棹の先には、鉄の環が二つ嵌り、尖端は木槍の身のやうに、細く削つ
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