てゝ、耳許に水音を聞くだけの、生活をして見なければならぬ。
 私は飯田から二里ばかりある、時又《ときまた》といふ船の出るところまで、車を走らせた。

   二

 渚には空船が底を空に向けて、乾されてゐる、川岸には荷を積みかけた船が、纜《もや》つてゐる、私はこの荷船に乗るのである、どうせ積荷を主な目的とする船であるから、無理やりに、荷物の中へ割り込んで、坐るぐらゐの窮屈は、忍ばずばなるまい、何となれば時又から、一日で、天竜の下流、鹿島《かしま》に達するまでの「通し船」を、傭ふには、非常に高い賃銀を払はせられるので、私のやうな日本アルプスの貧しい巡礼に、貴族的の豪奢を、要求することに当るからである、私は時又から満島《みつしま》まで、八里の間を、この荷船に便乗し、満島から西の渡《と》まで、九里の間は、村落蕭条として、荷船さへ通はないだけ、それだけ、天竜川が怒吼激越の高調をして、深谷の怖ろしい姿が見られるのであるから、その距離だけを、別に船を仕立て、西の渡《と》から鹿島までは、毎日客船が出るさうであるから、それに乗り換へることにしたのである。
 時又は川添ひの間の宿で、一寸した料理屋が川端に
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