ゝらぐ水の啜り泣きと、荒涼として河原|蓬《よもぎ》の風にそよぎ、蘆花の衰残する川景色は、さなきだに寂滅為楽の虚無思想を、背景としてゐる当時の人たちに、いかにやるせない心の悶えを起させたであらう。されば大河を前に、うつろひ易い人生の姿を見てあれば、「水無月《みなづき》や人の淵瀬の大井川」(蓼太《れうた》)といつたやうな感じに打たれないものはなかつたであらう。
かくの如きは、古くから日本の文学を裏付けてゐる無常観で、あまりに常套な、又あまりに感傷的な句ではあるが、しかも時の姿、流れの姿は、人の身の上ばかりでなく、川それ自身の栄華をすら、鼠色に暮れゆく川上の、遠山《とほやま》に沈む斜陽のうす黄色の中に、うすら寒い谷の影を、描き出されるやうになつた。
未だ木曾街道に、汽車の出来なかつた頃は、河舟の数二千五百艘、搭載量二万七千四百石と唄はれた、下り船上り船の往き交ふ繁昌も、今では火の消えたやうに寂びれ切つて、偶《たまた》まに川下りをしようとして、河畔に立つ旅人があつても、船が出ないために、空しく失望して引き返さねばならなかつた、私も二度ばかりさうした憂き目を見て、心ならずも傍路へ外らされた。
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