白山のような秀麗な火山があるので、ちょうど欧洲アルプスでは瑞土の粗剛(Swiss Ruggedness)に、伊太利の典雅(Italian Grace)とが、程よく配合されて、壮大な山岳景を作っているように、日本アルプスでは、花崗岩や石英斑岩のような、堅硬で兀々《ごつごつ》した火成岩塊に、火山岩の柔和な曲線や、斉整せる輪廓を配合して、ここに世にも稀なる線と色彩のシムフ※[#小書き片仮名ホ、1−6−87]ニイを奏でている。
そうして火山岩と火成岩とが、日本北アルプスに交錯して、噴出したり迸発《ほうはつ》したりした結果、北アルプスの山形は、槍ヶ岳や鹿島鎗ヶ岳(ただし鹿島鎗ヶ岳は観方にもよるが)のような、孤剣空を削るような、尖鋭な峻峰もあるが、概して花崗岩は塊状を呈し、火山は円錐形に盛りあがるものであるから、山岳は穹窿《ドーム》形の高塔を築き上げて、人類の起工した大伽藍の荘厳を憶い起させる、穂高岳、霞沢岳、笠ヶ岳、蓮華岳、常念岳、大天井岳、剣岳などは、いずれも肩幅が濶《ひろ》く胛肉《こうじゅう》隆々として勃起している、山形分類を行えば、先ず穹窿《ドーム》形の部に入るべきであろう。
しかも北から南までを通じての日本アルプスを、統御する威厳と運命とを備えているものは、畢竟《ひっきょう》するに日本山岳の欽仰《きんぎょう》すべき大徳の女王、富士山で、高さにおいては言うまでもないこと、その秀麗の山貌と、優美の色彩と、典雅の儀容とにおいて、群山から超絶している、むしろ統御の別席をしつらえるために、ことさらにアルプス大山系を回避して、太平洋岸に独歩特立して、一段と超越した高御座《たかみくら》を築き上げたかのように見える、日本アルプス大山系の地質構造史において、富士帯の大火山線が、重要なる関係を有しているように、山岳景においてもまたそうである、そうであらねばならぬのである、誰か偉大なる富士山を除外するような僭越と非礼と亡状を敢えてして、日本山岳論の特色を論ずることが出来よう。
底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年7月16日第1版発行
1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集」全14巻、大修館書店(1979年9月〜1987年9月)
入力:大野晋
校正:地田尚
1999年9月20日公開
2005年12月1
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