嘉門次に鉈《なた》で切らせて、足がかりを拵《こしら》え、やっと横切って、その万年雪の縁と、そそり立つ絶壁の裾と、蹙《せば》まり合うところに足を踏んがけ、雪と壁の溝に身を平ったく寄せて、雪から遁《のが》れると、そこに大崩石の路が、一筋の岩壁を境目にして、二分して谷にずり込んでいる、私は左を取って、ゴート(岩石の磊落《らいらく》崩壊している路をいう)へとかかった。
このゴート路の長さだけでも、一里あるというが、梓川の谷までは、直線に下っても、二里半はあろう、前後左右の絶壁からは、岩石が瓦落瓦落《がらがら》となだれ落ちて、路は錐《きり》のように切截された三角石や、刺《とげ》だらけのひいらぎ石に、ふだんの山洪水が、すさまじく押し出した石滝が、乗っかけて、見わたす限り、針の山に剣の阪で、河原蓬の寸青が、ぼやぼやと点じているばかりだ。
ゴート路を下り切ると、ダケカンバなどの、雑木林になって、雨水で凹《くぼ》んだ路が、草むらの中に入り乱れている、時々大石に蹴躓《けつまず》いては、爪を痛める、熊笹が人より高くなって、掻き分けて行くと、刎《は》ねかえりざまに顔をぴしゃりと打つ、笹のざわつくたびに、焼
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