槍ヶ岳から、蒲田谷を包み、焼岳を回《め》ぐって、びったりと素《もと》の位置で、繋ぎ合われた。
私はもう行くところがない。
四
振りかえれば、私たちが、前の日に苦しめられた奥穂高つづきの絶壁は、大屏風を霧の中にたたんだり、ひろげたりして、右へ右へと大身の槍の槍ヶ岳まで、半天の空を黒く截ち切っている、三木槍の頭は、尖った岩石の集合体で、両側が殺《そ》いだように薄く、そこから谷へずり下りて、基脚へ行くほど、太くひろがって、裾を引いているが、その中腹、殊に下宮川谷に臨んだ方は、万年雪が漆喰《しっくい》のように灰白になって、岩壁の傾斜をべったりと塗っている、遠くは西方の浄土、加賀の白山は、純潔なる桔梗紫の肌を、大空に浮き彫りにして、肩から腰へとつづく柔軟な肉は、冷たい石の線とも思われず、抛物線の震《ふる》いつきたい美しさを、鼠の荒縞かけた雲の上に、うっとりと眺め入っていたが、日が暮れぬうちと思って、下宮川の谷へ下り始めた、その尾根は痩せ馬の背のように細くて、偃松が鬣《たてがみ》を振り分けている、剃刀《かみそり》の刃のような薄い岩角を斜めに下り、焼岳の灰で黒くなった雪の傾斜を、
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