なぎの腐蝕土はつや[#「つや」に傍点]を消したような光線で、うす暗くぼかされている。
林を全く離れて、正北を指さし、花崗《みかげ》の裸岩にかじりついたときには、いよいよ日本北アルプス中の絶大なる「岩石の王さま」へ人間の呼吸《いき》がかかるのだと思った、この岩壁は十町ほども、するすると延び上って、駭《おど》ろくばかり峻急なる傾斜は、天半を断絶して、上なる一端を青空の中へ繋ぎ、下なる一半を、深谷の底へと没入させている、岩石の散乱した間に、飛散した種子から生えたらしい、落葉松の稚樹《わかぎ》が、二、三本よろよろと、足許を覚束なげに立っている、顧れば焼岳の頂は凹字に刳《えぐ》られて、黄色い噴煙が三筋、蒲田谷の方へ吹き靡いている、私の立っているところは、もう向う側の霞沢岳の頂上に、手が達《とど》きそうになって、岳の右の肩に、三角測量標のあるのが、分明《ぶんめい》に見える、眼の下に梓川の水は、藍瓶《あいびん》を傾むけたような大空の下に、錆ついた鉱物でも見るような緑※[#「靜のへん+定」、第4水準2−91−94]《りょくてん》色になって、薄っぺらに延びている、それは流れているとは見えないのである、
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